定年前の賃金基準について

コロナ禍の中ですが、中小企業にも2021年4月から同一労働同一賃金がスタートしました。その様な中で、「定年前と定年後の給与額の違い」についてのご相談を多数お受けしております。同一労働同一賃金ということで、「業務が同じなら、給与も同じ」と考えられがちです。
しかし、仕事は「責任の範囲」が関係します。定年前と定年後では、この責任の範囲が異なるケースが多いです。さらに、処遇についても、「定年後は休日出勤と残業はなし」などと、定年前と大きく異なるということです。これは、「均衡待遇」といって、以下となっております。「非正規労働者の待遇(賃金、教育訓練、福利厚生)を通常の労働者との働き方の違いに応じて均衡(バランス)を図るための措置を講じるように求めています。」
具体的には、

  • 職務の内容(業務の内容と責任の程度)
  • 人材活用の仕組みや運用など
  • 契約期間

以上の3つの要件が通常の労働者と同じかどうかを比較することです。
そして、「パートタイム労働者等の非正規労働者の働きや貢献に見合った公正な待遇の決定ルールを整備してください」ということです。そして、「事業主は、通常の労働者との均衡を考慮し、パートタイム労働者の職務の内容、成果、意欲、能力、経験などを勘案して賃金を決定するよう努めなければならない」となっているのです。だから、業務が同じようにみえても、責任や残業等の取り扱いが、定年前後で異なれば、「バランスを取った処遇」となるのです。よって、賃金等が異なっても「法的に問題は無い」となるのです。
ここで、定年直前と定年後の比較は「わかった」のですが、多くの会社で「定年の少し前に、賃金等を昇給させない場合がある」のです。このような場合は、違法とみなされてしまうのでしょうか?
これに関する裁判があります。

紀北川上農協事件 大阪地裁 平成29年4月10日

  • 農協は平成13年から3年間、3期連続で事業損失を計上していた。
  • 平成14年に就業規則、給与規定を改定した。
  • 変更内容は、満57歳以上の職員をスタッフ職とし、定昇無し、賞与は原則としてなし、業務を少し軽減となった。
    →上記の変更に対し、労働組合は反対意見を示さなかった
    →変更は全職員に対し、説明を実施した
    →就業規則等は備え付けの規定集で確認でき、また、イントラネットでも閲覧可能であった
  • 農協職員Aら10人は、平成21年から平成24年までの間、満57歳をむかえ、スタッフ職となった。
  • その後、全員が定年を迎え、定年後に不利益となった部分の賃金等を求めて裁判を起こした。

そして、裁判所の判断は以下となりました。

  • 不利益変更ではない
    →農協側の主張が通った

この裁判を詳しくみていきましょう。この問題は不利益の程度について検証されています。変更について、賞与は、臨時的に支払われる賃金の性質を持っているから、変更後の内容が相当性を欠いているとまでは認められないとしました。また、賃金も年齢的なことを勘案すれば、相当程度高額になっており、他の職員とのバランスを考えれば変更後の内容も相当と考えられるとしたのです。こうして会社の主張が通ったのです。この裁判で注目するのは、就業規則等の変更で、社内に明瞭な説明を尽くしたことが挙げられます。一般的に、現場からは「このプロセスは煩雑です」とよく聞きます。しかし、仮に、この事例の裁判で、このプロセスがかけていたら結論が大きく変わっていたかもしれません。さらに、就業規則等の周知方法も「きっちり」行われています。地道な工程を、抜けなく実行することが、法的にも有効となると考えられます。
社内のルールだから、「少しぐらいラフで構わない」という考えが芽生えたら、それは大きな失敗につながるでしょう。