業務の引継ぎがボロボロでも退職金は支払うのですか?

人の出入りが活発になり、トラブルが目立つのが、業務の引継ぎについてです。退職する側は、既に「心ここにあらず」という状態の人が多いでしょう。そして、業務に対するモチベーションは「今までと同じ」のはずはなく、できれば、「早く辞めたい」という気持ちの人が多いでしょう。

また、中小企業などはギリギリの人員で業務を回していたら1人の退職の影響は大きいものになります。この影響を最小限に抑えるためには、業務の引継ぎを完璧にこなす必要があり、会社としてこれをもとめます。ただし、このミスマッチがトラブルを生んでしまうケースが多いです。業務の引継ぎがうまくいかないと、会社側が「懲戒処分を検討する」等の行動にでて、感情のしこりができてしまうケースがあります。

これに関する裁判があります。

インタアクト事件 東京地裁 令和元年9月27日

  • 会社と労働契約を締結していたAが、平成28年度冬季の賞与が未払であるとして、賞与支払い請求として約49万円等の支払を求めた
  • さらに、会社を退職したにもかかわらず退職金が支払われないと、退職金規程に基づき退職金約70万円等の支払いを求めた
  • 会社はAの退職について、業務の引継ぎを「まるで行わず」背信行為があったとして、退職金を支給しなかった
  • 背信行為は以下のものである

→採用業務の引継ぎ懈怠

→IT、業界研究カフェに関する業務懈怠

→採用活動業務に関する業務懈怠

→イベント関連の業務懈怠

→システムのアカウント管理に関する業務懈怠

→取引先との取引に関する業務懈怠

そして、裁判所の判断は以下となったのです。

  • 未払賞与等支払請求は棄却
  • 退職金等支払請求は認容

では、この裁判のポイントをみてみましょう。

Aが会社を退職したのが平成28年12月9日と認められるのに対し、平成28年度冬季賞与支給日が同月13日となっていました。このことから、Aは「支給日に在籍している社員」には該当せず、また、会社における冬季賞与支給日は、必ずしも12月9日以前とされていなかったのです。

会社がAを支給日在籍社員として取り扱わないことが権利濫用に該当することを裏付ける事実を認めるに足りる証拠はないから、Aは平成28年度冬季賞与を請求できる権利を有しないと判断されました。

退職金について、会社が退職時の業務の引継ぎについての背信行為として主張するものの多くは、そもそも懲戒解雇事由に該当しないものです。仮に懲戒解雇事由に該当するとしても、その内容はAが担当していた業務遂行に関する問題であって、会社の組織維持に直接影響するものではありません。そして、刑事処罰の対象になるといった性質のものではなく、

これについて、会社が具体的な改善指導や処分を行ったことがないのです。

会社においても業務フローやマニュアルの作成といった従業員の執務体制や執務環境に適切な対応を行っていなかったのです。しかし、退職金規程からすれば、退職金の基本的な性質が賃金であると解されること等から、Aの勤労の功を抹消してしまうほどの著しい背信行為があったとは評価できないのです。よって、会社は、退職金規程に従ってAに対し、退職金を支払う義務を負うと判断されたのです。退職金については、賃金後払いの性質を有しています。法律上、賃金に該当することとなれば、退職金を不支給にするのは、今までの働きを消してしまうほど著しい背信行為があった場合に限られるのです。

事例の裁判では、そもそも、行為の1つひとつが懲戒事由に該当しないものであり、仮に該当しても組織維持に影響するものでなく、刑事処罰の対象となるものではなかったのです。また、これらに対し会社は具体的な改善、指導を行ったこともなく、今まで従業員の業務体制や執務環境に対する適切な対応を行っていなかったのです。

退職時については、会社も社員も「感情的にナーバス」になりがちです。特に「引継ぎ無しに退職か!」ということで、トラブルに発展するケースがよくあります。感情が引き金となり、根拠の薄い「退職金不支給」「最終給与の減額」を選択されることがありますが、今回のケースを参考にして、冷静な対応を行わないと、後で大変になるという認識をもって下さい。