退職届の撤回は可能でしょうか?

従業員から退職届を受け取った後、「やはり撤回してほしい」と頼まれることがあります。仕事で失敗したり、上司に怒られたりした「勢い」で退職を決めてしまい、後々後悔するのが主な原因です。一方、会社に退職を強要され、仕方なく退職届を出してしまったというケースも少なくありません。

では、従業員に退職届の撤回を求められた場合、会社は応じる義務があるのでしょうか。それは、退職の方法が「辞職」なのか「合意解約」なのかによって、対応が変わります。撤回の申し出が認められるケースもあるため、まずはどちらに該当するかを確認する必要があります。

  • 辞職:労働者が一方的に労働契約を終了させること
  • 合意解約:労働者が退職を申し出た後、会社が合意することで労働契約を終了すること

辞職とは、従業員の一方的な意思表示によって、労働契約を終了させることをいいます。そして、雇用期間の定めがなければ、いつでも契約の解消を申し出ることができます(民法627条)。また、辞職に使用者の同意・承諾はいらないので、退職届が提出された時点で退職の効力が発生することになります。よって、会社の同意がない限り労働者は辞職の申し出を撤回できず、会社も基本的に撤回に応じる必要はありません。

辞職と合意退職どちらにあたるかは、事案ごとに個別に判断されます。判断方法としては、申し出までの経緯を考慮するのが一般的です。従業員の「雇用契約を終了したい」という意思が客観的に明らかな場合、辞職の意思表示とみなされます。また、書面の書き方で判断する方法もあります。「退職届」であれば辞職、「退職願」であれば合意退職の申込みという考え方です。ただし、書類の題名だけで決めるのは不合理なので、この方法はあまり良いとは言えません。実務上では、退職について本人の強い意思がない限り、合意退職の申入れと判断するのが一般的です。

これに関する裁判があります。

A病院事件 札幌高裁 令和4年3月8日

  • 臨床技師Aは「医師の指示なく検体検査をした」こと等の複数の違法行為の存在が確認された。
  • そこで、事務部長Bは、Aと面談を行うこととなった。
  • 話合いの場でAは違法行為の一部を認めた。
  • そして、BはAに対し「病院としては厳しい処分を検討しているが、Aが自主退職するのであれば、病院としては処分しない」と述べた。
  • その後、AはBに「退職させていただきます」といい、Aの退職を前提に打ち合わせをしたりした。
  • そして、Aの退職日を決め、退職後の健康保険の任意継続についても確認した。
  • Bは面談時に、Aに退職願の作成を求めたが、印章を持ち合わせていなかったことから、退職願用紙を交付して、後日郵送として処理することになった。
  • しかし、Aは弁護士に相談し書面により退職の申込みを撤回した。
  • Aは、「労働契約は合意退職により終了していない」として病院を訴えた。

→書面も提出していないためとAは主張した

  • 一審判決(札幌地裁 苫小牧支部 令和3年1月29日)はAと病院との労働契約は合意退職によって終了したとは、認められないとして、Aの請求を認めた。

そして、高裁は以下の判断をしたのです。

  • Aが面談の際に、退職する旨を伝えただけではなく、退職前提の打ち合わせを行い、Bに異議を述べなかった。
  • 面談の後にも、退職を前提とする行動を行っているので、面談の際にAが述べた、「退職させていただきます」との発言は、確定的な退職の意思に基づいてなされた。
  • 合意解約の申込みの意思表示であると認めるのが相当である。

この裁判では、書面がなくても、面談でA本人が退職の意思を確認したと判断されたのです。一般的に退職について本人の強い意思があれば、合意退職の申入れと判断するのが一般的です。合意退職の場合、会社が承認して「退職」の意思決定となります。会社の承認前は退職の撤回は可能ですが、決定後は本人から退職の撤回はできません。また、退職の意思が強い場合は、合意退職ではなく辞職になります。この場合、退職の撤回は当初からできないのです。