コロナ禍の状況で、人材に関しての動きが出てきました。非常事態宣言で経済が止まり、その後、解除されても感染者が増加する中、企業の業績等の回復が進みません。それどころか、先の見えない経済状況なので、人員について、メスを入れる会社も増加してきました。
実際、現場では「どのようにリストラを進めたら良いのか?」等の相談が増えています。リストラは整理解雇とほぼ同義語と考えられ、 現実的に実行するとなると、「整理解雇の4要件」が適用され、ハードルはかなり高いものとなっています。この為、法的にリスクの大きい整理解雇を選択するより、まずは、退職勧奨を実施する会社がほとんどです。具体的には、上司が部下に対し、退職を促す説得が行われます。
念のために申し添えておきますが、退職勧奨そのものは「違法」ということではありません。退職を促す行為に理解を得ることは、 不当解雇でも、ハラスメントでもなく、何ら問題はありません。しかし、その様態が行き過ぎると違法性が帯びることがあります。特に、気をつけなければならないのは「パワーハラスメント(パワハラ)」として批判の対象となってしまわないようにしないといけないのです。
これに関する裁判があります。
日立製作所事件 横浜地裁 令和2年3月24日
- Aは1988年に会社に入社し、2012年から事業所でソフトウェアの 売り上げ管理などを担当していた
- 16年8月~12月、事業モデルの転換と今後のキャリアについて、上司と面談を8回重ねていた
- その際、上司から以下の発言があった
「能力をいかせる仕事はないとずっと言い続けている」
「仕事がないのに、できないのに高い給料だけもらっているって、おかしいよね」
以上のことを言われ、退職を勧められた - Aは「これらの発言はパワハラであり、退職強要である」として、会社に272万円の損害賠償を求めて裁判を起こした
そして、裁判所の判断は以下となったのです。
- 意思を不当に抑圧して精神的苦痛を与えるもの」として違法性を認め、慰謝料20万円の支払いを命じた
この裁判を詳しくみていきましょう。
退職勧奨は、社員の退職の意思表示をすることに向けられた、 説得の要素を伴うものです。そして、一旦退職に応じない旨を示した社員に対し、 説得を続けること自体は禁止されていません。その際に、社員の能力に対する評価や、引き続き在職した場合の処遇飲み通し等について違法ではありません。
しかし、上司による退職勧奨は社員が明確に退職を拒否した後も複数回の面談の場で行われました。 各面談での退職勧奨の態様自体もかなり執拗であったのです。そして、確たる裏付けがないのにも関わらず、「他の部署による受け入れの可能性が低い」「社内に残るにはほかの社員のポジションを奪う必要がある」等、Aを困惑させる発言をしていた。さらに、上司は業務成績が水準以下で、劣っている旨を指摘したにとどまらず、執拗にその発言を繰り返したのです。
それは、「能力をいかせる仕事はない」「 仕事がないのに、できないのに高い給料だけもらっているって、 おかしいよね」などと言われ続けた。以上より、上司はAの自尊心を傷つけ、不当に抑圧して、精神的苦痛を与え続けたと判断されたのです。
そして、上司の不法行為は、会社の業務執行に関してなされたので、会社は使用者責任を負うとなったのです。事例の裁判から分かる事は、退職勧奨の過程における発言です。これは「対象者に人格を無視するような発言は慎まねければならない」という事です。
退職勧奨は社員に対し、退職に踏み切らせる説得です。そして、社員から断られても説得し続ける事自体は違法ではありません。 しかし、「社会通念上相当と認められる範囲を逸脱」してはいけないのです。具体的には、相手の人格を否定するようなパワハラに該当する言動はあってはならないのです。