賃金改定のポイント

賃金を改定することの難しさは、減額による「不利益変更」になってしまうと違法性が高くなるということです。賃金の改定は場合によっては減額を伴うことがあります。しかし、この不利益変更に該当すると違法の可能性が高くなり、減額が少しでも伴う場合に二の足を踏んでしまう企業がほとんどです。

 しかし、減額を伴うものでもすべてが違法ということではなく、裁判等でも認められているものがあります。関連する裁判をみてみましょう。

社会福祉法人B事件 山口地裁 令和5年5月24日

  • 病院に勤務しているAらに支給される賃金は、令和2年10月1日に就業規則および給与規程(従来の扶養手当および住宅手当)が変更されたことにより、減少した。
  • Aらは、就業規則等の変更は専ら人件費の削減を目的とするものであることを秘してされたため合理性がない。
  • さらに、労働契約法10条所定の諸事情に照らして合理性を有するとはいえず、無効であると主張した。
  • そして、病院に対し、変更前の給与規程に従って算出した手当額と既支給額との差額および遅延損害金の支払いを求め裁判をおこした。

裁判所は以下の判断をしたのです。

  • 病院は、パートタイム・有期雇用労働法の趣旨に従い、非正規職員への手当の拡充を行うに際し、正規職員と非正規職員との間に格差を設けることの合理的説明が可能か否かの検討を迫られた。
  • 女性の就労促進及び若年層の確保という重要な課題を抱える病院の長期的な経営の観点から、人件費の増加抑制にも配慮しつつ手当の組換えを検討する高度の必要性があった。
  • この変更により正規職員らが被る不利益の程度を低く抑えるべく検討・実施され、また、組合の意見が一部参考にされるなど、変更へ理解を求めて一定の協議ないし交渉が行われた。
  • 手当支給目的との関係において、旧規定と比較して、新規定に係る制度設計を選択する合理性・相当性が肯認されるというべきである。
  • 変更は合理的なものである。

この裁判のポイントをみてみましょう。

病院がパートタイム・有期雇用労働法の改正への対応を契機として行った旧規定の見直しを行いました。そして、手当の支給に関して、納得性のある目的を明確にする必要があると結論づけたのです。当初からその旨説明をし、その必要性を踏まえた改定案を示すなどしてきたという経過がありました。よってそれを踏まえれば、変更は、手当の支給目的を納得性のある形で明確化することを目的として行われたものと認められると判断したのです。

さらに、変更が専ら人件費削減を目的としてされたとは認められないとなったのです。病院の総賃金原資に占める本件変更による減額率は、約0.2%であり病院の職員全体にとっての不利益の程度としては小さいといえるのです。Aらの月額賃金あるいは年収の減額率は高くても数%程度である(5%を下回る)と認められました。

 病院において、男性職員にしか支給されていない配偶者手当等を再構築して、子どもを被扶養者とする手当や扶養の有無にかかわらず保育児童について支給される手当を拡充・新設することは、病院の職員の多数を占める女性の就労促進という目的に沿うもので、同目的との関連性が認められます。その内容自体も病院の実態に即した相当なものといえるのです。

 持ち家に対する住宅手当は、存在意義が薄れていますが、その支給目的につき納得性や明確性がないものと理解され、これを廃止する変更を行うことは、手当の支給目的を納得性のある形で明確化するという変更の目的に沿うもので、廃止する合理性・相当性も同様に認められます。

 そして、賃貸物件に対する住宅手当について、支給上限額の増額等により若年層の確保を目指すことは、手当の支給目的を納得性のある形で明確化するという本件変更の目的に沿うものです。

 また、変更後1年から2年間の激変緩和措置が執られたことも変更の相当性を支える一事情であると考えられます。

よって変更は合理的なものと判断されたのです。

 減額は確かにいくつものプロセスを丁寧に踏まなければなりませんが、時代に合った制度設計を行い、労使間で話し合いを密に持ち、実行する分には、法的にも認められるのです。確かに、そのプロセスを進めるには熟慮していかなければなりませんが、決してできないことでもないのです。

多くの企業で「不利益変更(減額)=法違反」という考えに陥りがちですが、そんなことはないということが事例の裁判で理解できたのではないでしょうか。