先日、ある会社の方から、以下のご相談をお受けしました。
「ある社員が、毎朝少し遅刻をしています。注意すると暫くは改善されるのですが、また繰り返して遅刻を行います。注意等はしておりますが、どのような対応が必要でしょうか?」この件について、詳しく伺うとかなりの頻度で遅刻が発生していたのです。このような状況ですと、「メンタルの病気かもしれない?」となるので、該当する社員に病院への受診を促しましょう。そして、結果次第では休職などの措置が必要となってくるでしょう。また、そうでなければ辛抱強く注意し、改善するまで並走することが重要でしょう。
似たようなご相談が多く、メンタルに関する問題を抱えている会社が本当に多いと感じています。メンタルの問題は社員個人の問題と捉えられがちですが、会社の労働安全衛生の問題と密接に結びついているのです。
仮に、日常の業務が忙しく残業が常態化している場合、過重労働の問題が発生します。働き方改革法の施行により、残業時間の上限が法的に定められ、月に100時間を超える残業が発生していたら、その会社は即、行政罰の対象となってしまうのです。それだけではなく、残業時間が多い職場で社員が倒れたり、メンタルに支障が出た場合、業務との関係性が疑われ、労災の対象となる可能性が高くなるのです。労災認定基準は2021年9月に改正があり、長時間労働と過労死の関係性について、新たな基準が厚生労働省より公表されました。当然、労働時間が長ければ長くなるほど過労死のリスクは高くなります。厚生労働省は「業務の過重性」の具体的な評価にあたり、疲労の蓄積の観点から、以下に掲げる負荷要因について十分検討すべきであるとしています。
- 発症前1~6ヵ月間にわたって、1ヵ月あたりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合 業務と発症との関連性が弱い
- 発症前1~6ヵ月間にわたって、1ヵ月あたりおおむね45時間を超える時間外労働が認められる場合 時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まる
- 発症前1ヵ月間におおむね100時間を超える時間外労働が認められる場合 業務と発症との関連性が強い
- 発症前2~6ヵ月間にわたって、1ヵ月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合 業務と発症との関連性が強い
ただし、これらの数値はあくまでも目安であり、絶対的なものではありません。労働環境によっては、過労死ラインに達していなくても労災が認められる可能性も十分にあります。また、過去に病歴がある社員で、過重労働で再発した場合、会社の責任が問われるケースもあるのです。
これに関する裁判があります。
北九州東労基署長事件 福岡地裁 令和4年3月18日
- Aは大学卒業後、B社に入社し、平成21年12月1日~27年4月1日の間、C社に出向していた。
- Aは出向前後を通して、一貫してシステムエンジニア業務に従事した。
- 出向中の平成23年4月25日、Aは「うつ病、不安障害」と診断され、同日以降体調不良を理由に休業したが、同年7月ごろ出向先に職場復帰し、休業前と同じC社内のグループに配属された。
- その後、Aは、平成26年8月~9月頃から27年3月末までの間、人材システム再構築プロジェクトに参加していた。
- 出向期間を終え、帰任直後である平成27年4月14日、かかりつけの病院を受診したところ、うつ病・不安障害と診断され、同日以降B社を休職した。
- Aは、業務に起因して平成23年4月に「うつ、不安障害」を発病し、27年4月に症状が悪化したと主張し、北九州東労働基準監督署長に対して労災法に基づく療養補償給付の支給を請求した。
- 労基署は平成28年6月20日付で、同給付を不支給とする処分を行った。
- Aは、不支給処分の取消しを求め、裁判を起こした。
そして、裁判所は以下の判断をしました。
- Aの「うつ、不安障害」の発病が業務に起因しているか、どうかについてはは否定した。
- 症状の悪化については、業務に起因して悪化したといえると判断した。
なぜこのような判断となったのかというと、発病時の業務内容を調べると、心理的な負荷は大きくなかったのです。しかし、4年後の再発時は外部メーカー側のミスなどによって業務が遅延し、1カ月間の時間外労働時間数は、概ね100時間に達していたのです。さらに15日間の連続勤務を行うこととなっていたのです。これは「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」や「複数名で担当していた業務を1人で担当するようになった」に該当し、特に、仕事量が増加して著しく時間外労働時間数が増え、心理的負荷は「強」と評価すべきと判断され、業務が原因としたのです。精神障害の労災認定基準は、心理的負荷の評価が「強」と判断された場合に、業務上災害となるのです。相当因果関係の有無の判断は最終的には裁判所が下す法的判断です。そして、平均的労働者を基準として社会通念に従って判断することとなっています。このように、業務とメンタル疾患の関係は、心理的負荷と過重労働に影響しています。