賃金規定が無いのに、固定残業が認められますか?

最近、多くの会社が固定残業制度を導入しています。しかし、固定残業制度は、制度設計を誤ると無効となってしまい、残業代の支払いとは認められません。そのため、会社が固定残業代のつもりで、何らかの賃金を支払っていたとしても、設計を間違えると二重で支払うことになるかもしれません。 

固定残業制度とは、従業員が実際に何時間残業したかに関わらず、残業代の支払いに充てるために支払われる定額の賃金のことです。当然、従業員が固定残業制度で想定する以上の残業をした場合は、超過した時間分の残業代は支払われなければなりません。例えば、20時間分の固定残業代として3万円を支払っていた場合、従業員が10時間しか残業をしなかったとしても、会社は3万円の固定残業代を支払わなければなりません。従業員が40時間の残業をした場合には、3万円の固定残業代に加えて、3万円の残業代を支払う必要があります。

会社側には、従業員が残業をしなかったとしても、固定残業代を支払う必要があるというデメリットが存在します。しかし、固定残業代制度には以下のメリットが存在します。

  • 会社が、従業員ごとに個別に残業代を計算、支給する手間が省ける
  • 短時間で効率的に仕事をする従業員を正当に評価できる
  • 従業員が残業を避けるため、結果的に長時間労働が減り、残業代の節約となる
  • 従業員の長時間労働が減る結果、光熱費削減となる
  • 求人情報の見栄えがよくなる

固定残業代を支給する方法が有効とするには、定額が残業の対価であると認められることが必要です。この判断には、労働契約に係る契約書等の記載内容のほか、従業員に対する定額手当や残業代に関する説明の内容、勤務状況などの事情が考慮されます。そのため、まず、賃金規定や雇用契約書に、定額手当を固定残業代として支払うことを明記することです。

しかし、最近の裁判で、賃金規定に固定残業制度の記載がないのに、有効となった裁判があります。

浜田事件 大阪地裁堺支部 令和3年12月27日

  • Aは、会社でガス機器の修理や販売の営業をしていた。
  • 会社には就業規則はあるが、賃金規定や雇用契約書はなく、基本給として、年齢給、職能給、外勤手当、その他の手当等支給されていた。
  • 会社の説明では、外勤手当が固定残業代となっていた
  • 求人募集においては、「月給額には36時間分のみなし残業手当が含まれています(残業時間がそれより少なくても減額されません)とされていた。
  • Aは退職後、賃金規定に記載ない固定残業代は無効として、割増賃金等の支払いを求めて裁判を起こした。

そして、以下の判断がなされたのです。

  • 月36時間分の残業代は外勤手当により支払済みである

この裁判を詳しくみていきましょう。会社は固定残業代の制度を採用していると、採用面接時には、36時間の固定残業代を説明していた。さらに、年2回の給与の評価、改定の説明の際に、パソコンの図表を示して説明していたのです。その説明資料において、外回り営業マン等に対し、36時間分の残業代相当の外勤手当を支給すると記載し、残業代単価の計算方法も明示していました。この説明により、手当や割増賃金に関する説明の内容、実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して、会社の主張が認められたのです。

固定残業代制度で、割増賃金が適法に支払われていると認められるためには以下がポイントとなります。

  • 時間外労働等の対価として支払われている(対価性)
  • 通常の労働時間の賃金と、割増賃金の区分が明確である(明確区分性)
  • 労基法の計算方法による割増賃金の金額を満たしていること(金額適正)

この裁判は、賃金規定に固定残業制度の記載がなかったが、上記のポイントを満たしており、細かな説明を継続的に行っていたので、固定残業制度が認められたのです。これはあくまでも、会社と従業員の丁寧な説明内容等から、「個別合意を認定した」ものと考えらえます。この裁判で「賃金規定が無くても、固定残業制度は認められる」とは言い切れないでしょう。

事例の裁判のように、しつこいぐらいの説明をしていなければ、賃金規定に記載して、規定を確実に運用する方が近道です。賃金規定がアバウトで、説明があやふやであれば、トラブルの無いうちに、すぐに対応することをおすすめします。