育児を理由に転勤を拒否した場合の対応について

生活拠点の変更を伴う転勤は、従業員側に大きな負担が強いられます。しかし、転勤を実施しなければ、業務の活性化や発展はありません。基本的に、従業員は雇用契約で地域限定の契約以外は、転勤命令を拒否することはできないのです。

ただし、「正当な理由がある」場合は、転勤を拒否することも可能となります。この「正当な理由」とは具体的にどのようなことでしょうか?

これは、「子どもの養育のため」「親の介護が必要」等に該当した場合と言えるでしょう。確かに、育児介護休業法、第26条では、転勤命令を出す会社に対して以下の定めをしています。

「当該労働者の子の養育または家族の介護の状況に配慮しなければならない」

だから、従業員が家族の事情で転勤拒否をしている場合、まずは従業員から話をよく聞いたうえで事情を把握し、転勤拒否を認めるか否かを慎重に検討してください。

この過程を省略して、従業員の転勤拒否を認めなかった場合、トラブルとなる可能性が高くなるでしょう。

例えば、育児介護休業法に定める調停などにおいて、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる転勤命令」とされ、従業員の転勤拒否が認められる可能性があるのです。しかし、子の養育、親の介護に該当すれば、すべて、転勤を拒否することが可能なのでしょうか?

これに関する裁判があります。

NECソリューションイノベータ事件 大阪地裁 令和3年11月29日

  • Aは、NEC子会社の大阪オフィスで、郵便の仕訳の業務を行っていた。
  • 子会社の大阪オフィスは閉鎖が決まったので、会社はAを関東地区の事務所に着任するように命じた。
  • Aは着任を拒否したので、会社は数回の面談を実施した。(配転が難しい理由を聞いたが、詳細な説明はなかった)
  • 会社は、配転命令拒否は業務命令違反であるとして、Aを懲戒解雇した。
  • Aは「父子家庭」で、子は持病で頻繁に具合が悪くなり、母親も高齢で体調を崩し「転勤すると親戚の支援がなくなる」と拒否したとして、解雇取消や慰謝料を求めて訴えを起こした。

そして、裁判所は以下の判断をおこなったのです。

  • 配転命令と懲戒解雇はともに有効と判断した。
  • 配転命令は経営状況が厳しいなかで拠点を集約化して効率化を図るなどの必要性があった。
  • 他の不当な目的もなかった(会社側の主張が通った)。

この裁判を詳しくみてみましょう。

Aの家庭の事情については、転勤命令を出す際に会社は認識していなかったのです。

そして、会社とAの間では面談が数回あったが、Aは子供の持病や母の事情を話しておらず、面談を拒否し、自ら説明の機会を放棄したと判断されました。地裁は、仮に事情が伝わっていたとしても、配転は権利濫用に当たらないとしたのです。子供の通院は月に1回ほどで、母も要介護状態にないなど、配転に応じたとしても対応可能な範囲内だったと結論しました。そして、「通常甘受すべき程度を超える著しい不利益はない」としたのです。

配転に応じないAをこのまま放置すれば、企業秩序維持に支障を来すとして、懲戒解雇も有効と判断されました。多くの会社では、子供の病気や親等の介護と聞くと「転勤はNG」と判断しがちです。しかし、事例の裁判のように会社の事業所閉鎖等で、転勤が避けられないケースもあります。そんな時、今回の裁判の判断が参考になります。

それは、

  • 転勤しても、子の病気等への対応が可能
  • 親等の介護も対応できる

ということまで、転勤命令を出す前に検討して命じましょう。

このプロセスを明確化することで、転勤命令の正当性が高まり、仮に拒否された場合は懲戒処分を課すことのハードルが低くなるのです。また、どんな時でも転勤命令の前に、社員の家庭状況等を詳しく聞いて、転勤可能の有無を感情ではなく、客観的に判断しましょう。会社がやってはいけないことは、育児、介護に係わる社員は「転勤させない」と決めつけることです。他の社員の異動とバランスが悪くなり、不平や不満がくすぶり、人事異動の正当性が揺らいでしまうからです。個別の対応と全体のバランスを考えた人事異動を実施することが必要なのです。