情報漏洩した社員への懲戒解雇の対応について

先日、顧問先から以下のご相談をお受けしました。

「個人情報を含む顧客リストが社外に流出する事案が発生しました。企業の信用を問われかねない事態なので、懲戒解雇も視野に漏洩した社員に対する処分を検討しています。

これから、どのようなプロセスを踏めば良いのか?ご指導ください」

もし、顧客情報の流出などの人情報漏洩が発生してしまったら、行政機関による監督指導、利用者に対する補償、民事訴訟による損害賠償請求のほか、漏洩事件が報じられることによる信用低下などが強く懸念されます。この場合、情報漏洩を起こした社員に対する処分を検討しなければなりません。

その前提ですが、

  • 就業規則に懲戒処分のルールが明記されている
  • ルールにのっとった検討を実施する

ことが必須となっています。

ただ、これだけで、即懲戒解雇は厳しいと考えられます。裁判例を見ると、懲戒解雇の有効例として、

  • 背信的な意図に基づいて大量の技術資料を持ち出した事案(大阪地判平13.3.23)
  • 競業他社に流出させる目的で機密性の高い会議資料を持ち出してデータを漏洩した事案(東京地判平14.12.20)
  • 取引先リストや昇給データを持ち出して窃盗罪で有罪判決を受けた事案(大阪地判平24.11.2)

があります。情報の機密性と目的の背信性を重く見ています。厳格な処分という観点からも情報セキュリティは重要です。

これに対し、懲戒解雇の無効例として、上司の許可を得ず顧客リストを外部業者にデータ送信した事案につき、顧客リストの送信には会社の営業を促進させ売上を伸ばす側面があったこと、会社に実害が生じた形跡が認められないこと等から、懲戒解雇は酷に失すると判示したものがあります(東京地裁 平成24年8月28日)。目的が背信的とはいえないこと、実害の発生には至っていないことを重視した判断となっていました。

このように、情報漏洩事案で懲戒解雇まで踏み切れるかは、

  • 故意による行為か
  • 背信的な目的があったか
  • 情報の機密性はどの程度か
  • 会社に実害が生じたか

といったポイントをもとに調査、検討する必要があります。行為の背信性が認められない場合や過失による漏洩の場合(飲酒して紛失など)、懲戒処分や人事処分(降職、減給、配転など)を行うことは可能ですが、懲戒解雇については慎重に考えるべきです。

そして、情報漏洩し懲戒解雇した社員の退職金減額の裁判があります。

みずほ銀行事件 東京高裁 令和3年2月24日

  • 従業員Aは、対外秘である行内通達等を無断で多数持ち出した。
  • そして、行内通達等を出版社に漏えいした。
  • このことを理由として懲戒解雇された。
  • Aは退職金規程に基づき退職金の支払いを受けられなかったことにつき、
  • 会社に対し、本件懲戒解雇による精神的損害として不法行為に基づき5000万円の支払いを求めた。
  • 併せて、Aは、懲戒解雇は無効であるとして、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と、本件懲戒解雇後の賃金等の支払いを求めた。
  • また、会社が指摘する退職金不支給事由はAの勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為ではなく、退職金を不支給とすることは許されないと主張。

→退職金1,223万余円等の支払いを求めた。

  • 一審は、Aの主位的請求を全部棄却し、退職金請求額の3割を認容した。
  • そこで、Aが控訴した。

そして、高裁は以下の判断をしたのです。

  • 3割支給を命じた一審に対して高裁は、情報の厳格管理や顧客情報の秘密保持が求められる銀行業の信用を著しく毀損する行為で、永年の勤続の功を跡形もなく消し去るのは明確と判断し、全額不支給とした。
  • 漏えいした対外秘の行内通達は雑誌やSNSに掲載され、漏えいの悪質性の程度は高いとしている。

この裁判で、退職金全額を不支給とするには、Aの永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要であると判断しました。そして、勤続の功績と非違行為の重大さを比較することは、非常に困難で、判断基準として不適当であるとしましたが、懲戒事由は、金融業・銀行業の経営の基盤である信用を著しく毀損する行為であって、永年の勤続の功を跡形もなく消し去ってしまうものであることは明確であると判断したのです。

このように、懲戒解雇、退職金の不支給、減額の判断はとても難しいものです。事象ごとの比較で検討すべきと考え、その後の影響等を加味して判断していくこととなるでしょう。