労使トラブルにおける、口外禁止条項について

会社と社員との間でトラブルが発生すると、裁判、労働審判などの制度を利用して解決を図ることとなります。しかし、これらの制度などでは、圧倒的に会社が不利な立場となるケースがほとんどです。そして、一般的には会社が一定の金額を支払って解決するという事が、現実的となっています。
紛争の長期化、経済的負担の最小化等を考えて、多くの会社は納得して、合意に至ります。
このとき、ほとんどの社長は、「金銭を支払うことを他の社員に知られたくない」という話がでます。それは、他の社員が知ることになると社員のモチベーションにも影響しかねないという危惧からの要求となります。合意内容が第三者に漏れないようにするには、「口外禁止条項」を含めるのが一般的です。この「口外禁止条項」とは、「今回の交渉の経緯あるいは合意内容を第三者に口外してはならない」というものです。

具体的には以下のものをご参照ください。

第〇条
AとBは、本件事件及び示談書の内容についてむやみに口外してはならない
2 A又はBのいずれかが、前項の規定に違反した時は、相手方に損害賠償責任を負う                 

これに関する裁判があります。

口外禁止条項事件 長崎地裁 令和2年12月1日

  • Aは、会社との間で主にバス運転士として勤務していた。
  • その後、Aは会社から雇止めされた。
  • そのため、地位確認等を求める労働審判手続きを申し立てた。
  • 労働審判委員会は、Aに「口外禁止条項」を付した内容で、調停を試みた。
  • しかし、Aからこれを拒否された。
  • それにもかかわらず、「口外禁止条項」を含む労働審判を行った。
  • 本件は労働審判法20条1項および2項に違反して、Aの表現の自由(憲法21条)、思想良心の自由(同19条)および幸福追求権(同13条)を侵害し、精神的損害を生じさせたと主張。
  • 国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求として、会社に対し慰謝料140万円等の支払いを求めた。


そして、裁判所は以下の判断を行ったのです。

  • 審判は対象となった地位確認等について、金銭的解決によることのほか、口外禁止条項を設けることでその解決を図るものである。
  • 第三者に口外されることで、例えば不正確な情報が伝わることにより、A及び会社双方が無用な紛争等に巻き込まれることがあり得る。
  • 口外禁止条項は、このような事態に陥ることを未然に防ぐという側面を有しており、紛争の実情に即した解決するといえるから、これに一定の合理性を見出すことができる。
  • 審判において調停案としてAが明確に拒絶した口外禁止条項を定めても、消極的な合意に至ることは期待できなかった。
  • 口外禁止条項に受容可能性はない。
  • したがって、手続の経過を踏まえたものとはいえず、この点から相当性を欠くというべきである。
  • 審判に違法又は不法な目的は存しないので国賠法上の責任は存しない。


この裁判を詳しくみてみましょう。

これは、当事者の合意による口外禁止条項を問題にしているのではなく、当事者が審判手続き中に口外禁止条項を入れる調停案を明確に否定していたのに、審判主文中に条項を入れたことが「相当性」を欠くとなったのです。Aは「調停で裁判官から『禁止条項は一般的なことだから』と言われた」と話しております。そして、Aは「お世話になった人に報告もできないというのは受け入れられなかった」と話したのです。したがって、口外禁止条項は審判の対象となった地位確認等との合理的な関連性があり、相当性を欠くとはいえないと判断されたのです。
会社側は口外禁止条項によって内容の秘密が担保されるからこそ、他に影響しない事案限りの処理として労働者側に有利な個別解決をも柔軟に図ることができるのです。この条項がないとすると、会社側は今後の波及効果を考慮して、かなり保守的で杓子定規ともいえる対応を取らざるを得ないかもしれません。口外禁止条項は労働者側にとっても自己に有利な個別解決を導くための重要なカードです。和解や合意等では、駆け引きのカードとなることは間違いないです。紛争解決の場面では、よくコミュニケーションをとって、双方合意を確認して進めることが重要となるでしょう。