パワハラと指導の境界線について

2019年5月、改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)が成立しました。この法律は、大企業で2020年6月、中小企業では2022年4月から施行されます。

そして、パワハラ防止法成立により、企業は職場におけるパワーハラスメント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが義務付けられました。さらに、適切な措置を講じていない場合は、是正指導の対象となるのです。

では、「職場におけるパワハラの定義とは」なんでしょうか?パワハラ防止法では、パワハラを以下の3つを満たすものとして定義しています。

  • 優越的な関係を背景とした
  • 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により
  • 就業環境を害すること(身体的若しくは精神的な苦痛を与えること)

ここで問題になるのが、どのような言動がパワハラに当たるか、当たらないかについてです。これに関連する裁判があります。

前田道路事件 高松高裁 平成21年4月23日

  • 社員Aは営業所の所長に就任したが、不正経理に手を染めてしまった。
  • 営業所の出来高に違和感を覚えた部長BがAに確認したところ、1800万円の架空出来高計上を認めた。
  • BはAの将来性を考え、架空出来高を是正するよう指示した。
  • AはBに「是正した」と報告をしたが、実際にはその時点で架空出来高が1200万円残っていた。
  • さらに、架空受注と原価操作という他の不正経理も隠したままだった。
  • 今度は部長Cが出来高に違和感を覚え、Aに確認したところ、1800万円の架空出来高を計上したことを認めた。
  • Cは架空出来高の解消計画を作成し毎日日報を作成して報告するようAに指示した。
  • AはCの厳しい叱責にふさぎ込んでしまった。
  • Cらを交えてこの営業所の業績検討会を行うこととなり、Aは部下にその資料を作成させていたが、部下に金額を4箇所ほど改ざんさせた。
  • 検討会の席上、CはAに対し叱責をした。
  • 検討会後の週明け月曜日の早朝、Aは「怒られるのも 言い訳するのもつかれました」との遺書を残して、営業所の物陰で自殺した。
  • Aの妻と長女は、Aの自殺は「Cらから過剰なノルマ達成の強要や執拗な叱責を受けてうつ病を発症したせいだ」と主張して、会社に対し不法行為に基づく慰謝料2800万円を請求する訴訟を提起した。
  • 第1審では、Cによる叱責とAの自殺との間に相当因果関係が認められるとして、慰謝料1040万円等の請求を認めましたが、その後、裁判は高裁に移った。

そして、高裁の判断は以下となったのです。

  • Aの不正経理は多額かつ恒常的なものであり、Cらが不正経理の解消や工事日報の作成についてある程度厳しい改善指導をすることは正当な業務の範囲内にある。
  • 社会通念上許容されないものはいえないから、Cらの叱責等は違法なものではない。
  • 不法行為の成立を認めた一審判決を取り消した。

この事件は、労働者の自殺という結末はそれ自体衝撃的であり、上司らとしても責任を感じてしまうようなものです。しかし、労働者が行った不正経理は、重大な非違行為であり、それが長年是正されないばかりか、ウソをウソで塗り固めるような行為に出ていたのです。

このことから考えると、それをただす目的で厳しく叱責することは上司の権限の範囲内であり、慰謝料が発生するようなものではないのです。 厚生労働省の資料も以下の記載があります。「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しません。」そして、ポイントをおさえておけば、線引きは可能です。おさえておきたいポイントとは、「業務上明らかに必要のない行為」「業務を達成するための手段として不適切な行為」「業務の目的を大きく逸脱した行為」「行為の回数、行為者(パワハラをする人)の人数等が、社会常識に照らして許容される範囲を超えている行為」となるのです。